人生と確率

生命保険の考え方

日額5,000円の医療保険

「私は若いから、日額5,000円でいいですね」
赤ちゃんを抱っこしながら、上田優子さん(仮名)は私に言いました。
「わかりました」
私はそう答え、医療保険の申し込み手続きを始めました。

当時、上田さんは25歳の新米ママさん。
お子さんが生まれたのを機に、ご主人の保険を考えたいというお話でした。
ご主人の保険については話がまとまったので、優子さんの保険について相談することになりました。

そこで、優子さんから冒頭の発言がありました。当時の私は、保険の仕事を始めて、まだ1年足らず。優子さんのお話はもっともだと思い、日額5,000円の医療保険のご加入いただきました。

それから3年後、優子さんは亡くなりました。ご主人と3歳のお子さんを残して。
死因は大腸がんです。

お渡しできた保険金は、合計で約100万円。内訳は入院や手術の給付金が50万円、死亡給付金が50万円でした(死亡保障がついているタイプの医療保険のため)。

彼女は、私がはじめて死亡保険金の手続きをしたお客様でした。また、保険という仕事の意味を深く考えるきっかけを与えてくれたお客様でした。

10,000分の8の意味

「若いときは、大きな生命保険はいらない」

 そのように言われることが多いようです。たしかに、若いときに、病気になったり、亡くなったりするケースは少ないです。厚生労働省が発表している令和4年度の簡易生命表によると、25歳の女性が1年間で亡くなる確率は0.027%。10,000人あたり約3人です。25歳から3年間の間に亡くなる確率は0.08%。10,000人に8人の確率です。上田優子さんは、この8人のうちの1人にあたります。

「10,000分の8」
この確率をどう思いますか?

宝くじでなら、10,000枚のうち当たりは8枚。残り9,992枚ははずれです。

ほとんど当たらないといっても、間違いではないでしょう。

簡易生命表には病気がちの人も含まれているので、健康な人に限れば、確率はもっと下がります。

上田優子さんは保険に入れるぐらい健康でした。その健康な25歳の女性が3年後に亡くなるなんて、ほとんどありえないこと。だから、当時の私は彼女の言葉をよく考えずに受け入れてしまいました。

もちろん手続き的な問題は何もありません。彼女は内容を了解した上で、保険に入っています。しかし、私の心には、何か納得できない気持ちが残りました。自分がちゃんとした仕事ができなかったという後悔といってもよいかも知れません。

保険の仕事をするということ

保険金の手続きにうかがったとき、ご主人からお話がありました。

「山口さんにはよくしてもらいましたが、これから関西で暮らすので、保険は向こうで入り直します」

ご主人はもともと関西から東京に仕事で出てこられました。3歳のお子さんとふたりで暮らすのは難しいので、実家に帰るとのことでした。私にはもうできることはありません。優子さんの保険金の書類と、ご主人の契約の解約書類を預かって、ご主人と別れました。

「自分は何ができたのだろう?どうすればよかったのだろう?」

その後、何度も自問自答しました。「もっと高額な保険に入っていれば、治療にお金がかけられたのかな」、「死亡保険に入っていれば、お子さんが小さいうちの生活費にあてられたのかな」などと考えました。しかし、いくら考えても、結局のところ、自分は上田さんのご家族に対して、何もできなかったということがわかりました。

その後、時が経ち、私の娘が10歳になったころ、娘の友達のお母さんが亡くなりました。そのご家族も、上田さんと同じように実家に引っ越しされました。娘とお友達は離れ離れです。そのときに上田さんのことを思い出しました。こんなときに、保険の力でご家族をサポートできたのかも知れないなと。お金でできることは限られているけれど、お金があることで、子どもたちが友達と一緒にいられるようにしてあげることもできる。そのことに気づきました。

当時の私は、そこまで考えていませんでした。正直、未熟だったと思います。確率という数字だけを見て、ひとりの人の人生だったり、ご家族の生活だったりが、まったく見えていませんでした。確率というのは、物事を判断するときに考慮すべき要素です。けれども、ひとりの人間にとって、人生は一度限りです。だから、確率だけでは割り切れないことがたくさんあります。人の生き死には、0か1で、0.1ということはありません。「確率は低いから、保険はいらない」と言うことは簡単です。一般の方がそのように言うのは正しいことだと思います。しかし、保険を仕事にしている人間は、安易にそれを言ってはいけません。

もちろん、自分の利益のためではありません。保険に絶対に入らなければならないとか、たくさん保険に入らないということではないのです。保険に入る入らないは別にして、確率が低いから考えないのではなく、確率の低いことだからこそ、あえて考えてもらうのです。合理的でないかも知れない、理屈に合っていないかも知れない。それでも、一度きりの人生を大切にするために、確率の低いことにもあえて向き合ってもらうように努めるのが、保険の仕事です。そのことを、上田さんが教えてくれました。

数字は大事。けれども数字だけで、人生は測れません。確率どおりに人生が進むなら、何も考える必要もありません。もちろん確率通りであれば、何も考えなくても、けっこううまくいくのも事実です。自分の運命を成り行きにまかせるのか、それとも自分でグリップするのか。お客様と一緒にそのことを考えるのが、保険の仕事だと私は思います。あなたにも、一緒に考えてくれる人がいるといいですね。

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